概要
フランス王アンリ4世(元ユグノーの指導者ナバラ王アンリ)が発布した宗教的寛容の勅令。ユグノーにカトリックとほぼ同等の市民的権利と信仰の自由を保障し、約200の安全保障都市の保持を認めた。「パリはミサに値する」と述べてカトリックに改宗したアンリが、旧同胞の権利を保護した。
歴史的背景
36年間にわたるユグノー戦争(1562-98年)でフランスは疲弊し、アンリ3世の暗殺後に王位を継承したアンリ4世は、国家の統一と平和のためにカトリック改宗と同時にユグノーの権利保障を決断した。
地形・地理的特徴
ナントはロワール川の河口近くに位置する大西洋岸の都市。ブルターニュ公国の旧首都であり、カトリックの強い地域でプロテスタントに寛容な勅令が発せられたことに象徴的意味があった。
歴史的重要性
ヨーロッパ史上最初の包括的な宗教的寛容の法令であり、近代的な信教の自由の先駆。しかし1685年にルイ14世によって廃止され、約20万のユグノーがオランダ、プロイセン、イングランドなどに亡命した。
参考文献
- ジャネット・グレイ『アンリ4世と宗教問題』
- マック・ホルト『フランスの宗教戦争』