概要

1597年2月5日、京都・大坂で逮捕されたフランシスコ会の宣教師6名と日本人信徒20名が、長崎の西坂で十字架に架けられて処刑された。豊臣秀吉のバテレン追放令(1587年)後初の大規模な殉教事件。京都から長崎まで約1,000kmを歩かされた後に処刑された。1862年にローマ教皇により列聖。

歴史的背景

秀吉は1587年にバテレン追放令を出したが当初は厳格に施行せず、南蛮貿易の利益を重視していた。しかしサン・フェリペ号事件(1596年)でスペインの領土拡大とキリスト教の関係が指摘され、秀吉はキリシタン弾圧に転じた。

地形・地理的特徴

長崎の西坂の丘(現在の二十六聖人記念館の場所)が処刑地。長崎港を見下ろす丘で、長崎は当時日本最大のキリシタンの町であった。海に面した港町は南蛮貿易の拠点であり、キリスト教の伝来地でもあった。

歴史的重要性

日本におけるキリシタン迫害の本格化を告げる事件。江戸時代の禁教政策への先駆けとなった。殉教者は世界のキリスト教史において日本の殉教者の象徴となり、長崎の殉教地は巡礼の地となっている。

参考文献

  • ルイス・フロイス『日本史』
  • 二十六聖人記念館