概要

織田信長の重臣・明智光秀が約13000の兵で京都本能寺を急襲し、信長を自害に追い込んだ。信長は「是非に及ばず」と言って炎の中に消えたとされる。天下統一目前での謀反は日本史上最大の事件の一つ。光秀の動機は今も議論が続く。

歴史的背景

信長は中国地方の毛利氏攻めの途上で京都に滞在。光秀は毛利攻めの援軍として出陣する途中、突如軍を京都に向けた。動機については怨恨説・野望説・朝廷黒幕説など諸説ある。

地形・地理的特徴

本能寺は京都市中の寺院。信長は少数の供回りで宿泊しており、明智光秀の大軍に対して防御不可能な状態であった。

歴史的重要性

天下統一事業の断絶と、豊臣秀吉の台頭をもたらした。「三日天下」で終わった光秀に代わり、秀吉が信長の後継者となる。日本史の最大の転換点の一つ。

参考文献

  • 『信長公記』
  • 『惟任退治記』