概要

1570年、織田信長・徳川家康連合軍が浅井長政・朝倉義景連合軍と姉川で激突。浅井長政の裏切り(金ヶ崎の退き口の因縁)に激怒した信長が反撃に出た。徳川軍の奮戦が勝敗を決し、織田・徳川連合軍が勝利。しかし浅井・朝倉は壊滅を免れ、戦いは3年後まで続いた。

歴史的背景

織田信長は朝倉義景を攻めるため越前に進軍したが、義弟・浅井長政の突然の裏切りで金ヶ崎から撤退を余儀なくされた。信長包囲網の一環として浅井・朝倉が結んだことは信長にとって最大の危機の一つであった。

地形・地理的特徴

姉川は琵琶湖北東部を流れる河川。浅い川を挟んだ平野での正面衝突であった。織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が姉川を挟んで対峙し、白兵戦となった。

歴史的重要性

信長包囲網との戦いの重要な一戦。浅井・朝倉の最終的な滅亡(1573年)への過程を示す。徳川家康の軍事的能力が証明された戦いでもあった。

参考文献

  • 『信長公記』太田牛一