概要
ムガル帝国第2代皇帝フマーユーンの妻ハミーダ・バーヌーが建設を命じた霊廟。ペルシャ人建築家ミーラク・ミルザ・ギヤースが設計し、インド亜大陸初の大規模なペルシャ式庭園墓廟となった。二重殻ドーム構造はタージ・マハルの先駆であり、ムガル墓廟建築の原型を確立した。
歴史的背景
フマーユーンは1556年に階段から転落して死去。妃ハミーダは息子アクバルの支援の下、壮大な霊廟の建設を命じた。ペルシャの建築技術とインドの素材・技法が融合した新しい建築様式が創出された。
地形・地理的特徴
ヤムナー川近くのデリー市内に位置。広大なチャールバーグ(四分庭園)に囲まれ、ペルシャ式庭園の設計が採用された。赤砂岩と白大理石の組み合わせが、後のムガル建築の規範となった。
歴史的重要性
ムガル建築の発展における画期的な作品。タージ・マハルに至る霊廟建築の系譜の出発点として建築史上極めて重要。1993年にユネスコ世界遺産に登録。インド大反乱時にはムガル最後の皇帝バハードゥル・シャー2世がここに避難した。
参考文献
- Glenn Lowry, Humayun's Tomb, 2011
- UNESCO World Heritage, Humayun's Tomb, 1993