概要
1555年、毛利元就が陶晴賢の大軍を厳島に誘い込み奇襲で壊滅させた。元就は約4千の兵で2万の陶軍を撃破。嵐の中を小早川水軍・村上水軍が海を渡り、背後から急襲した。陶晴賢は自刃。この勝利で毛利氏は中国地方の覇者への道を開いた。日本三大奇襲の一つ。
歴史的背景
大内義隆を謀殺して周防・長門を支配した陶晴賢に対し、毛利元就は巧みな外交と情報戦で対抗。元就は敢えて厳島に小城を築いて陶軍を誘い込む計略を用いた。
地形・地理的特徴
厳島は安芸国の瀬戸内海に浮かぶ神聖な島。狭い島に大軍を引き込む戦略が毛利元就の勝因となった。嵐の夜に海を渡る奇襲は瀬戸内海の地理を熟知した水軍の能力に依存していた。
歴史的重要性
毛利氏の中国地方制覇の決定的転機。大内氏の滅亡につながり、西日本の勢力地図を塗り替えた。毛利元就の智略は日本の戦略史上最高レベルと評価される。
参考文献
- 『陰徳太平記』
- 『毛利元就卿伝』