概要
ヘンリー8世が国王至上法(首長令)を議会で制定し、イングランド国教会をローマ教皇から独立させた。国王が「イングランド国教会の唯一の最高首長」と宣言。1536-39年に約800の修道院を解散し、膨大な教会財産を没収した。トマス・モアは国王至上法への宣誓を拒否して処刑された。
歴史的背景
ヘンリー8世はキャサリン・オブ・アラゴンとの離婚を教皇クレメンス7世に求めたが拒否された。男子の世継ぎを切望するヘンリーはアン・ブーリンとの結婚のため、教皇権からの離脱を決断した。トマス・クロムウェルが改革の実務を主導した。
地形・地理的特徴
ロンドンのウェストミンスター宮殿で議会が国王至上法を可決。テムズ川沿いのホワイトホールからウェストミンスターにかけての政治的中心地が改革の舞台となった。修道院解散で得られた土地はイングランド各地の地主層に分配された。
歴史的重要性
イングランドの宗教改革は神学的動機よりも政治的動機が強く、独自の性格を持った。修道院解散はイングランド史上最大の土地再分配をもたらし、ジェントリ(地主)層の台頭を促進。国教会はカトリックとプロテスタントの中間的性格を持つ「ヴィア・メディア(中道)」を追求した。
参考文献
- G.R.エルトン『テューダー朝の革命』
- ディアメイド・マカロック『イングランドの宗教改革』