概要

ティムールの子孫バーブルがローディー朝最後のスルタン・イブラーヒームを破り、ムガル帝国を建国した決定的な戦い。バーブル軍は約1万2千人に対し、ローディー軍は10万人と戦象千頭を有したが、バーブルは火砲と騎兵の連携戦術で圧勝。イブラーヒームは戦死した。

歴史的背景

バーブルはフェルガナ出身のティムール朝の王子で、サマルカンド奪還に失敗した後カーブルを拠点にインド征服を目指した。ローディー朝の内部分裂とパンジャーブ総督ダウラト・カーン・ローディーの招聘が侵攻の契機となった。

地形・地理的特徴

デリー北方約90kmのパーニーパット平原。広大な平野は騎兵戦に適しているが、バーブルは荷車を鎖で連結した防御陣地(タブール・ジャンギ)を構築し、火砲を配置。ティムール朝伝来の戦術とオスマン帝国から学んだ火器を組み合わせた。

歴史的重要性

南アジア最後の大帝国であるムガル帝国(1526-1858年)の建国を画する戦い。火器のインド亜大陸への本格的導入を象徴し、以後の軍事技術に革命をもたらした。バーブルの回想録『バーブル・ナーマ』は世界文学の傑作でもある。

参考文献

  • Stephen Dale, Babur: Timurid Prince and Mughal Emperor, 2018
  • Baburnama (tr. Wheeler Thackston), 2002