概要

1520年、スペイン征服者に随行していたアフリカ人奴隷の一人から天然痘がメキシコのアステカ帝国に持ち込まれた。免疫を持たない先住民の間で爆発的に感染が拡大し、アステカ帝国の最後の皇帝クイトラワクも天然痘で死亡した。その後天然痘は麻疹、インフルエンザ、チフスなどとともにアメリカ大陸全土に広がり、先住民人口の推定90%以上(数千万人)が1世紀余りの間に死亡した。

歴史的背景

コロンブスの到達(1492年)以降、旧大陸と新大陸の間で生物種の大規模な交換(コロンブス交換)が始まった。ユーラシア大陸では数千年にわたる家畜との接触で様々な感染症に対する集団免疫が形成されていたが、アメリカ大陸の先住民はこれらの病原体と接触した経験がなく、壊滅的な被害を受けた。スペイン征服者は疫病がもたらす軍事的優位を意識的・無意識的に利用した。

地形・地理的特徴

ヨーロッパからの航海者が到達したカリブ海の島嶼部、メキシコ中央高原のテノチティトラン、アンデス山脈のクスコなど、先住民文明の中心地が感染拡大の起点となった。大陸内部の交易路に沿ってウイルスは人口密集地から辺境へと広がった。隔絶された新大陸の住民はユーラシアの病原体に対する免疫を全く持たなかった。

歴史的重要性

人類史上最大規模の人口減少であり、アステカ帝国とインカ帝国の征服を決定的に容易にした。先住民人口の激減はプランテーション労働力としてのアフリカ人奴隷貿易を促進し、大西洋奴隷制の拡大に直結した。生態学的帝国主義の典型例として植民地主義研究の中核的テーマとなり、疫病が世界史を動かした最も劇的な事例とされる。

参考文献

  • Alfred W. Crosby『The Columbian Exchange: Biological and Cultural Consequences of 1492』
  • Noble David Cook『Born to Die: Disease and New World Conquest, 1492–1650』