概要

エルナン・コルテスが約600人のスペイン兵と先住民同盟軍を率いてアステカ帝国を征服。1519年にベラクルスに上陸し、トラスカラ人などの同盟者を獲得。テノチティトランに入城してモクテスマ2世を軟禁したが、「悲しき夜」(1520年6月30日)にスペイン軍は撤退を強いられた。1521年5-8月の75日間の攻囲戦で、天然痘の流行と飢餓に苦しむテノチティトランは陥落した。

歴史的背景

モクテスマ2世がコルテスをケツァルコアトルの帰還と誤認したとする伝承があるが、近年の研究では疑問視されている。アステカ帝国に対する被征服民族の不満がスペイン軍への協力を促し、数万〜数十万のトラスカラ人がスペイン側で戦った。天然痘はスペイン人の最も強力な「武器」であった。

地形・地理的特徴

メキシコ湾岸から標高2240mのメキシコ盆地まで、熱帯低地から高原への劇的な標高差を越える行軍。テノチティトランはテスココ湖上の島に位置し、3本の土手道のみで湖岸と連結されており、攻略は極めて困難であった。スペイン軍はブリガンティン(小型帆船)を建造して湖上戦を展開した。

歴史的重要性

メソアメリカの政治秩序を根本的に破壊し、300年にわたるスペイン植民地支配の基礎を築いた。先住民人口は征服から100年で推定2500万人から100万人へと激減した。テノチティトランの上にメキシコシティが建設され、副王領の首都となった。

参考文献

  • Díaz del Castillo, Historia verdadera de la conquista de la Nueva España
  • Restall, Seven Myths of the Spanish Conquest