概要

オスマン帝国のセリム1世はチャルディラーンの戦い(1514年)でサファヴィー朝を破った後、マムルーク朝に矛先を転じた。マルジュ・ダービクの戦いとリダーニーヤの戦いでマムルーク軍を撃破し、エジプト・シリアを征服。メッカとメディナの保護者の地位を獲得し、カリフの称号をアッバース朝の末裔から引き継いだとされる。

歴史的背景

サファヴィー朝のシーア派拡大に対抗するためセリムはまず東方のシーア派勢力を攻撃し、その後南方のマムルーク朝に転じた。マムルーク朝の火器への対応の遅れが敗因であった。

地形・地理的特徴

カイロ攻略に先立つマルジュ・ダービクの戦い(1516年、シリア北部)では、オスマン軍の火器がマムルーク騎兵に対して決定的優位を示した。平坦な地形が砲兵と鉄砲隊の威力を最大化した。

歴史的重要性

マムルーク朝の滅亡によりオスマン帝国はイスラム世界の盟主となり、聖地メッカ・メディナの守護者として宗教的権威も獲得した。エジプト・シリアの併合は帝国を三大陸帝国に拡大させた。

参考文献

  • Selim I: Ottoman Sultan (A. Mikhail)
  • The Ottoman Empire (C. Finkel)