概要
アクエンアテンの死後、幼くして即位したツタンカーメン(当初ツタンカーテン)は、アメン神官団と重臣アイ・ホレムヘブの影響下でアテン信仰を放棄し、伝統的な多神教に復帰。首都をテーベに戻し、アメン神殿の修復を命じた。約10年の短い治世の後、19歳前後で死去。
歴史的背景
アクエンアテンの宗教改革は支配層の大多数の反発を招いていた。幼い王の即位は宮廷勢力が伝統回帰を推進する好機となった。宰相アイと将軍ホレムヘブが実質的な政治を担った。
地形・地理的特徴
アマルナからテーベへの遷都により、ナイル上流のカルナック・ルクソール神殿群を擁する伝統的な宗教的中心地へ回帰。テーベ西岸の王家の谷に埋葬され、1922年のハワード・カーターによる発見まで墓は未盗掘のまま保たれた。
歴史的重要性
1922年のハワード・カーターによる未盗掘の墓の発見は考古学史上最大の発見の一つとなり、黄金のマスクをはじめとする約5000点の副葬品が古代エジプト文明への世界的関心を爆発的に高めた。「ツタンカーメンの呪い」伝説も含め、大衆文化に絶大な影響を与えた。
参考文献
- Carter, H., 'The Tomb of Tutankhamen'
- Reeves, N., 'The Complete Tutankhamun'