概要

アム川下流域のホラズム地方を支配したウズベク系ハン国。ペルシャやカザフから捕らえた奴隷の交易で悪名高く、ロシア人奴隷の解放が後のロシアの征服の口実の一つとなった。壮大な建築群(イチャン・カラ)を残し、1990年に内城がユネスコ世界遺産に登録。

歴史的背景

古代ホラズム文明の後継として成立。砂漠に囲まれた孤立した地理的位置のため、近世に至るまで中世的な社会構造が維持された。トルクメン遊牧民の襲撃が常に脅威であった。

地形・地理的特徴

アム川下流域のホラズム・オアシスに位置。カラクム砂漠に囲まれた孤立した地理的条件が独立を維持させたが、同時に経済的発展を阻害した。イチャン・カラ(内城)は世界遺産。

歴史的重要性

中央アジアにおける最後の中世的国家の一つ。19世紀のロシア・イギリス間のグレートゲームにおける戦略的要地。イチャン・カラの建築群は中央アジアのイスラム建築の貴重な遺産として保存されている。

参考文献

  • Yuri Bregel, An Historical Atlas of Central Asia, 2003
  • Alexander Morrison, Russian Rule in Samarkand 1868-1910, 2008