概要
ポルトガルの提督アルブケルケがマラッカ王国を征服。ア・ファモサ要塞を建設してマラッカ海峡の制海権を掌握した。マラッカ王室は南方のジョホールに逃れ、ジョホール王国を建国。ポルトガルは香辛料貿易の独占を目指したが、完全な支配は実現できなかった。
歴史的背景
ポルトガルは1498年のヴァスコ・ダ・ガマのインド航路開拓以降、インド洋の交易拠点を次々と征服。ゴア(1510年)に続きマラッカを占領し、アジアの海上交易ネットワークに参入した。
地形・地理的特徴
マラッカ海峡に面した港湾都市。ポルトガルのアフォンソ・デ・アルブケルケは18隻の艦隊と1,200人の兵で攻撃。マラッカの城壁と防御施設は砲撃で破壊され、海上からの攻撃に対して防御が不十分であった。
歴史的重要性
ヨーロッパ勢力が東南アジアに初めて恒久的な拠点を獲得した事件。500年にわたるヨーロッパの東南アジア植民地支配の起点。マラッカのイスラム王室の分散は、東南アジア島嶼部のイスラム化をさらに加速させた。
参考文献
- トメ・ピレス『東方諸国記』
- ポルトガル植民地記録