概要
ペドロ・アルヴァレス・カブラルが1500年4月22日にブラジルに到達。当初はパウ・ブラジル(染料用の赤い木材)の採取が主目的であったが、16世紀半ばから北東部でサトウキビ・プランテーションが急速に発展した。エンジェニョ(砂糖精製工場)を中心とするプランテーション経済が形成され、大量のアフリカ人奴隷が導入された。
歴史的背景
1494年のトルデシリャス条約でポルトガルに割り当てられた領域内にあったブラジルの「発見」は、カブラルのインド航路途上の偶然とも、計画的な探検とも議論されている。初期にはスペインのような大量の金銀は発見されず、パウ・ブラジルの輸出が限られた利益をもたらすのみであった。
地形・地理的特徴
ブラジル北東部の大西洋岸に最初に到達。トドス・オス・サントス湾は広大な天然の良港で、サルヴァドールが植民地の最初の首都となった。大西洋の貿易風と海流がポルトガルからの航海を助け、北東部の熱帯気候はサトウキビ栽培に最適であった。
歴史的重要性
ポルトガル語圏最大の国家の起源。砂糖プランテーション経済とアフリカ人奴隷制の導入はブラジル社会の根本的特徴を形成した。ブラジルは最終的にアメリカ大陸で最も多くのアフリカ人奴隷を受け入れた国(推定500万人以上)となり、アフロ・ブラジル文化が形成された。
参考文献
- Schwartz, Sugar Plantations in the Formation of Brazilian Society
- Fausto, A Concise History of Brazil