概要
シャイバーニー朝がティムール朝を駆逐して建国。ウズベク三ハン国(ブハラ・ヒヴァ・コーカンド)の中で最も権威ある国家。イスラム学問の中心として「イスラムの柱」の異名を持ち、中央アジア全域から留学生を集めた。シルクロード交易の衰退により経済は徐々に停滞。
歴史的背景
チンギス・カンの子孫であるウズベク族のシャイバーニー・カンがティムール朝最後のスルタン・フサイン・バイカラを破り、バーブルをインドに追いやった。以後ブハラはウズベク系王朝の首都となった。
地形・地理的特徴
ザラフシャン川流域のオアシス地帯。ブハラはイスラム学問の中心地「高貴なるブハラ」として知られ、300以上のモスクと100以上のマドラサ(神学校)を擁した。
歴史的重要性
中央アジアにおけるイスラム文化の保守の砦として、近代に至るまで宗教的権威を維持。しかし海上交易の発展によるシルクロードの衰退で経済的に停滞し、「文明の化石」とも呼ばれる状態に。1920年のソ連の征服で終焉。
参考文献
- Audrey Burton, The Bukharans: A Dynastic, Diplomatic, and Commercial History, 1997
- Scott Levi, The Indian Diaspora in Central Asia, 2002