概要
ポルトガルの航海者バルトロメウ・ディアスがアフリカ大陸の南端を初めて回航した。嵐に流されてアフリカ南端を通過し、東海岸のアルゴア湾に到達。帰路に岬を発見し「嵐の岬(カボ・ダス・トルメンタス)」と命名したが、ジョアン2世がインド航路開拓への希望を込めて「喜望峰(カボ・ダ・ボア・エスペランサ)」に改名した。
歴史的背景
エンリケ航海王子(1394-1460年)以来、ポルトガルはアフリカ西岸を段階的に南下する探検を続けていた。ディオゴ・カンがコンゴ川まで到達した後、ディアスがさらに南へ進んだ。目的はプレスター・ジョンの王国の発見とインドへの海路開拓であった。
地形・地理的特徴
アフリカ大陸南端の喜望峰は、大西洋とインド洋が出会う荒天の海域。「嵐の岬」と命名されるほど強風と大波が航海を困難にした。しかしこの岬を回ることでインド洋への海路が開かれ、アジアとの直接交易が可能になった。
歴史的重要性
アフリカ回りのインド航路の可能性を実証し、10年後のヴァスコ・ダ・ガマのインド到達への道を開いた。イスラム商人を介さない直接的なアジア交易の実現は、世界経済の構造を根本的に変えた。
参考文献
- ベイリー・ディフィー『ポルトガルの海外拡大の基盤』
- ピーター・ラッセル『エンリケ航海王子』