概要

オスマン帝国のスルタン・メフメト2世(ファーティフ=征服者)が53日間の包囲の末にコンスタンティノープルを征服し、1100年以上続いたビザンツ帝国を滅亡させた。ウルバンの巨大砲による城壁破壊と、陸路での艦船移送という革新的戦術が決め手となった。

歴史的背景

ビザンツ帝国は領土を首都周辺にまで縮小し、人口も激減していた。メフメトはルメリ・ヒサールを建設してボスポラスの制海権を確保し、包囲の準備を万全にした。

地形・地理的特徴

コンスタンティノープルはボスポラス海峡、マルマラ海、金角湾に三方を囲まれた半島に位置し、テオドシウスの城壁で陸側を防御された。メフメトは巨大な大砲ウルバンを用いて城壁を砲撃し、艦船を陸路で金角湾に運ぶ奇策を実行した。

歴史的重要性

中世から近世への画期とされ、西洋史では中世の終わりを象徴する。コンスタンティノープルはイスタンブールと改名されオスマン帝国の首都となり、以後約470年間イスラム世界の政治的中心となった。

参考文献

  • The Fall of Constantinople 1453 (S. Runciman)
  • Constantinople: The Last Great Siege (R. Crowley)