概要

アユタヤ朝の攻撃を受けてクメール王室がアンコールを放棄し、プノンペンに遷都。約600年にわたるアンコール文明が終焉を迎えた。しかし寺院群は完全に放棄されたわけではなく、一部の僧侶や住民が残り続けた。19世紀にフランス人のアンリ・ムオが「再発見」して西洋世界に紹介した。

歴史的背景

14世紀以降、水利システムの劣化、ペスト(黒死病)の影響、アユタヤ朝の軍事的圧力、上座部仏教への転換による大規模建設事業の終焉など、複数の要因が重なってアンコールは衰退した。気候変動(干ばつと洪水の交互)も一因とされる。

地形・地理的特徴

トンレサップ湖北方のアンコール地域は精巧な水利施設(バライ、運河)に依存していた。水利システムの崩壊が農業生産の低下をもたらし、大規模都市の維持が困難になった。熱帯雨林が寺院群を侵食していった。

歴史的重要性

世界史における巨大文明の衰退の典型例。アンコール遺跡群は1992年にユネスコ世界遺産に登録され、カンボジアの国家的アイデンティティの核心をなす。衰退の原因解明は環境史・気候史の重要な研究テーマ。

参考文献

  • 碑文史料
  • 環境考古学研究