概要
ハトシェプスト死後に単独統治を開始したトトメス3世が、カデシュ王率いるシリア・パレスチナ連合軍をメギドで撃破。エジプト軍記の最も詳細な戦闘記録として知られる。カルメル山脈の3つの隘路のうち最も危険な中央ルートを選択し、敵の虚をついた。約7か月の包囲戦の末にメギドを陥落させた。
歴史的背景
ハトシェプスト女王の死後、シリア・パレスチナの諸都市がエジプトの宗主権に反旗を翻した。カデシュ王を中心とする反エジプト連合が形成され、トトメス3世は即位後初の大規模軍事遠征を敢行した。
地形・地理的特徴
メギドはイズレエル渓谷を見下ろすテル(人工丘)上に位置する戦略的要衝。カルメル山脈の隘路を抜けた先の平野部に広がり、エジプトからシリアへの主要交易路を制する。トトメス3世はカルメル山脈の最も狭く危険な中央の隘路を選んで奇襲を成功させた。
歴史的重要性
記録に残る最古の詳細な戦闘報告の一つ。トトメス3世はその後17回の遠征を行い、エジプト帝国をユーフラテス川まで拡大した。「エジプトのナポレオン」と称される所以。メギドの戦略的重要性は聖書のハルマゲドン(メギドの丘)の語源ともなった。
参考文献
- Cline, E.H., 'The Battles of Armageddon'
- Redford, D.B., 'The Wars in Syria and Palestine of Thutmose III'