概要
洪武帝の孫・建文帝の削藩策に反発した燕王・朱棣が挙兵。3年間の内戦の末に南京を攻略し、建文帝は行方不明となった。朱棣は永楽帝として即位し、後に北京に遷都した。
歴史的背景
洪武帝は皇族を各地に分封したが、孫の建文帝が即位すると諸王の軍事力を削減しようとした。最大の藩王である燕王・朱棣は「靖難」(難を鎮める)を名目に挙兵。
地形・地理的特徴
燕王朱棣は北京を拠点に華北の軍事力を掌握。南京の建文帝政権に対し3年間の内戦を戦い、長江を渡って南京を攻略。華北の騎馬戦力が江南の歩兵に優越した。
歴史的重要性
明の政治中心を南京から北京に移す転換点。永楽帝は紫禁城の建設、鄭和の大航海、永楽大典の編纂など大事業を推進。明の最盛期を現出した。
参考文献
- 『明史』成祖紀
- 『明太宗実録』