概要

高麗の武将・李成桂は明の遼東攻撃命令を受けて出征したが、鴨緑江の威化島で軍を反転させて開京に進撃(威化島回軍)。実権を掌握し、1392年に高麗を滅ぼして朝鮮を建国した。性理学を国是とする新王朝の誕生であった。

歴史的背景

明が高句麗の故地である鉄嶺以北の領有を主張したことに対し、崔瑩ら主戦派が遼東遠征を決定。しかし李成桂は「小国が大国を攻めるべきでない」として反対し、出征後に回軍を決断した。新進士大夫の鄭道伝らと結んで政治改革を推進した。

地形・地理的特徴

威化島は鴨緑江中の島で、遼東遠征軍の渡河地点であった。梅雨による鴨緑江の増水が渡河を困難にし、李成桂に回軍の口実を与えた。軍の回転は地形条件(増水した大河)に大きく影響された軍事的・政治的決断であった。

歴史的重要性

約500年続いた高麗王朝の終焉と、約500年続く朝鮮王朝の始まり。仏教国家から儒教国家への転換という文明史的大変動を伴った。威化島回軍は韓国史の最大の転換点の一つとされる。

参考文献

  • 高麗史
  • 朝鮮王朝実録