概要

人頭税への反発を契機に、ワット・タイラーとジョン・ボールに率いられた数万の農民・職人がロンドンに進軍。カンタベリー大司教サドベリーとランカスター公ジョン・オブ・ゴーントの宮殿を襲撃した。リチャード2世がスミスフィールドで直接交渉に応じたが、タイラーがロンドン市長に殺害され、反乱は鎮圧された。

歴史的背景

黒死病後の労働力不足で農民の地位が向上しつつあったが、議会は労働者規制法(1351年)で賃金上昇を抑制しようとした。百年戦争の戦費調達のための人頭税(1377年、1379年、1381年に3回課税)が直接の引き金となった。

地形・地理的特徴

ケント州とエセックス州の農村から出発した反乱軍がロンドンに向けて進軍。テムズ川南岸を進み、ロンドン橋を渡って市内に侵入した。スミスフィールドの開けた空間が王と反乱指導者の会見の場となった。

歴史的重要性

イングランド史上最大の農民反乱であり、人頭税はこの後450年間課されなかった。封建的束縛の緩和と農奴制の事実上の終焉を加速させた。ジョン・ボールの「アダムが耕しイヴが紡いだとき、誰が紳士であったか」は平等思想の名句。

参考文献

  • トマス・ウォルシンガム『年代記』
  • ロドニー・ヒルトン『束縛と自由』