概要
洪武帝が宰相・胡惟庸を謀反の罪で処刑し、連座者3万人以上を粛清。これを機に千年以上続いた宰相制度を廃止し、皇帝が六部を直接統率する体制を確立。後に藍玉の獄(1393年)でも1万5千人を粛清。
歴史的背景
洪武帝は出身の卑しさから功臣への猜疑心が強く、皇帝権力の絶対化を志向した。宰相は皇帝と臣下の間に立つ緩衝的存在だったが、これを排除して独裁体制を構築。
地形・地理的特徴
南京の宮廷内。洪武帝は皇帝独裁を確立するため、功臣を次々と粛清した。
歴史的重要性
中国政治史上の大転換。宰相なき皇帝独裁は明清600年間続き、政治の硬直化と宦官の台頭を招いた。過度の中央集権は却って統治の効率を低下させた。
参考文献
- 『明史』胡惟庸伝
- 『明太祖実録』