概要
高麗第31代王・恭愍王が元の支配からの脱却を図り、征東行省の理問所を廃止し、親元派の奇氏一族を粛清した。双城総管府を攻略して東北面を回復し、元の年号の使用を停止。一連の改革は元の衰退(紅巾の乱)に乗じたものであった。
歴史的背景
高麗は1270年以降、元の属国として征東行省が設置され、王族は元の公主と婚姻し、モンゴル風の風俗が強制された。恭愍王は元に人質として赴いていたが、元の内乱に乗じて帰国し改革を開始した。
地形・地理的特徴
開京を中心とした高麗の行政圏。元の支配下で設置された征東行省の機構が開京に存在し、親元派の権門勢族が都市部に集中していた。反元改革は首都を中心とした政治闘争の形をとった。
歴史的重要性
約100年間にわたる元の支配からの脱却の試み。結果的に恭愍王は1374年に暗殺されるが、この改革は李成桂の台頭と朝鮮建国の前段階となった。新興武将と新興儒者(新進士大夫)の登場を促した。
参考文献
- 高麗史