概要

1347年10月、クリミア半島のカファ(現フェオドシヤ)からジェノヴァ商船がシチリア島メッシーナに到着し、乗組員の多くがペストに感染していた。ペスト菌(Yersinia pestis)はネズミとノミを介して急速にヨーロッパ全土に拡大し、1351年までにヨーロッパ人口の約3分の1にあたる推定2,500万人が死亡した。腺ペスト、肺ペスト、敗血症型ペストが混在し、致死率は60〜90%に達した。

歴史的背景

14世紀前半のヨーロッパは「中世の危機」の只中にあった。小氷期の到来による農業不振、1315-17年の大飢饉、人口過剰による栄養状態の悪化が住民の免疫力を低下させていた。モンゴル帝国の支配下でユーラシア大陸の交易が活発化し(パクス・モンゴリカ)、中央アジアの風土病であったペストが西方に伝播する条件が整っていた。

地形・地理的特徴

地中海の港湾都市が黒死病の入口となった。シチリア島メッシーナに最初に到着した感染船から、ジェノヴァ、ヴェネツィア、マルセイユなど主要港を経由して内陸へ拡大した。中世ヨーロッパの交易路と巡礼路が病原体の拡散経路と重なり、河川沿いの都市や交易拠点が次々と感染した。人口密集した城壁都市の衛生環境が被害を拡大した。

歴史的重要性

ヨーロッパの社会構造を根底から変革した。労働力不足は農奴制の崩壊と賃金上昇を促し、封建制度の解体を加速させた。教会の権威は疫病に対する無力さから失墜し、ユダヤ人虐殺などスケープゴート現象が各地で発生した。死の舞踏(ダンス・マカブル)など独自の死生観が芸術に表現され、ルネサンスへの文化的転換の一因ともなった。

参考文献

  • Ole J. Benedictow『The Black Death 1346-1353: The Complete History』
  • John Kelly『The Great Mortality: An Intimate History of the Black Death』