概要

足利尊氏が光明天皇を擁立して京都に北朝を樹立し、後醍醐天皇は吉野に逃れて南朝を開いた。約56年間にわたり二つの朝廷が並立し、全国の武士が南北に分かれて戦った。1392年、足利義満の仲介で南北朝合一が実現。

歴史的背景

建武の新政の崩壊後、後醍醐天皇と足利尊氏が対立。尊氏は京都で室町幕府を開いたが、後醍醐天皇は正統な三種の神器を持って吉野に拠った。

地形・地理的特徴

北朝の拠点・京都は盆地の平野部、南朝の拠点・吉野は紀伊山地の山中。吉野は険阻な地形で防御に適し、南朝の亡命政権が約56年間維持された。

歴史的重要性

皇統の分裂は日本史上唯一の事態。全国的な戦乱は社会の流動化を促進し、下剋上の風潮を生んだ。『太平記』はこの時代を描く一大叙事詩。

参考文献

  • 『太平記』
  • 『神皇正統記』