概要

メシカ(アステカ)人が鷲がサボテンの上で蛇を咥えている姿を見た場所(現在のメキシコ国旗の紋章)に建設した首都。最盛期の人口は推定20万〜30万人で、同時代のヨーロッパのどの都市よりも大きかった。テンプロ・マヨール(大神殿)を中心に、3本の土手道で湖岸と結ばれ、水道橋で淡水を供給。チナンパ農業で食料を自給した。

歴史的背景

メシカ人は北方から移住してきた半遊牧民で、先住の都市国家から辺境の湖上の島に追いやられていた。1325年の建設後、傭兵として頭角を現し、1428年にテスココ、トラコパンと三国同盟を形成。急速に勢力を拡大し、メソアメリカの覇権を握った。

地形・地理的特徴

標高約2240mのメキシコ盆地中央、テスココ湖の島に建設された水上都市。湖水は塩水湖と淡水湖が混在し、堤防で分離されていた。盆地は周囲を火山(ポポカテペトル、イスタクシワトル等)に囲まれた閉鎖的地形で、湖水と山々が天然の防壁を形成。チナンパ(浮き畑)農業が食料生産を支えた。

歴史的重要性

湖上に建設された世界でも稀な大都市として、アステカの土木技術と都市計画の卓越さを示す。チナンパ農業は世界で最も生産性の高い農業システムの一つであった。1521年のスペイン征服で破壊され、その上に現在のメキシコシティが建設された。

参考文献

  • Smith, The Aztecs
  • Townsend, The Aztecs