概要
南宋の最後の戦い。陸秀夫が幼帝・趙昺を背負い海に身を投じ、10万人以上の将兵・官僚が殉死したと伝えられる。張世傑は脱出を図ったが暴風で水没。中華正統王朝としての宋が完全に滅亡。
歴史的背景
1276年に臨安が陥落した後も、南宋の遺臣は幼帝を擁して広東・海南島方面に逃れ抵抗を続けた。文天祥も江西で抗元戦を展開したが捕えられた。
地形・地理的特徴
崖山は珠江デルタ河口の島嶼で、南宋の残党が最後の拠点とした。海上に鉄鎖で船を連結した水上城塞を築いたが、元軍水師に包囲された。
歴史的重要性
漢族王朝の終焉と異民族支配の完成。「崖山之後無中国」(崖山以後中華なし)という言説が後世に生まれるほど、漢族の歴史的トラウマとなった。文天祥の「正気の歌」は忠義の象徴。
参考文献
- 『宋史』瀛国公紀
- 『文天祥全集』