概要

モンゴル帝国(元)のクビライ・ハンが高麗軍と合わせて約3万の軍勢で日本に侵攻。対馬・壱岐を蹂躙した後、博多湾に上陸。集団戦法・てつはう(炸裂弾)に日本側は苦戦したが、暴風雨(台風)により元軍は撤退した。

歴史的背景

モンゴル帝国は東アジアの征服を進め、日本にも服属を要求。幕府の執権・北条時宗はこれを拒否し、防衛態勢を整えた。

地形・地理的特徴

博多湾は玄界灘に面した入江で、元軍の上陸に適した砂浜が広がる。対馬・壱岐を経由して博多に至る侵攻ルートは、朝鮮半島からの最短距離。

歴史的重要性

日本史上初の本格的な外国からの軍事侵攻。「神風」の概念はこの事件から生まれた。御家人への恩賞不足が幕府衰退の一因となった。

参考文献

  • 『八幡愚童訓』
  • 『蒙古襲来絵詞』