概要

マムルーク朝のスルタン・クトゥズと将軍バイバルスが、モンゴル帝国のキトブカ率いる軍勢をパレスチナのアイン・ジャールートで撃破。モンゴル軍の西方への膨張が初めて決定的に阻止された。バイバルスは戦後クトゥズを暗殺してスルタンの座に就いた。

歴史的背景

1258年のバグダード陥落でアッバース朝が滅亡し、モンゴル軍はシリアを席巻。イスラム世界の存亡の危機にあって、エジプトのマムルーク朝が最後の防波堤となった。モンゴル軍の主力がモンケ・ハンの死によりカラコルムに帰還したことがマムルーク側に有利に働いた。

地形・地理的特徴

ガリラヤ地方のイズレエル渓谷東端、ギルボア山の麓の泉(アイン・ジャールート=ゴリアテの泉)付近。開けた平野部は騎兵戦に適しており、マムルーク軍は山麓の地形を利用して前衛で敵を引き付け、伏兵で包囲する戦術を展開した。

歴史的重要性

モンゴル帝国の無敵神話を破った世界史的転換点。イスラム文明の存続を確保し、マムルーク朝を中東の覇者として確立した。以後モンゴルはシリア・エジプトへの進出を断念し、中東のイスラム的秩序が維持された。

参考文献

  • Amitai-Preiss, R., 'Mongols and Mamluks'
  • Thorau, P., 'The Lion of Egypt: Sultan Baybars I'