概要
トルコ系・チェルケス系の軍人奴隷(マムルーク)がアイユーブ朝の将軍として実権を握り、最後のアイユーブ朝スルタンを排除して独自の王朝を建国。1260年のアイン・ジャールートの戦いでモンゴル軍を撃退し、十字軍の残存勢力も一掃。カイロはイスラム世界の文化的中心として黄金時代を迎えた。
歴史的背景
アイユーブ朝末期、マムルーク軍人が政治的・軍事的に不可欠の存在となっていた。第7回十字軍のエジプト侵攻をマムルーク軍人が撃退したことが直接のきっかけとなり、王朝交代が起きた。
地形・地理的特徴
カイロのシタデルを本拠地とし、ナイル渓谷の農業生産力とインド洋・地中海を結ぶ中継貿易により莫大な富を蓄積した。エジプトの地理的位置がアジア・アフリカ・ヨーロッパの交易結節点としてマムルーク朝の経済的繁栄を支えた。
歴史的重要性
モンゴル帝国の西方膨張を食い止め、イスラム文明を壊滅の危機から救った。十字軍国家の完全排除を達成。カイロはバグダード陥落後のイスラム世界の文化的首都となり、壮麗なモスク・マドラサ建築が建設された。
参考文献
- Irwin, R., 'The Middle East in the Middle Ages: The Early Mamluk Sultanate'
- Amitai-Preiss, R., 'Mongols and Mamluks'