概要
チンギス・カンの孫バトゥが15万の軍を率いてロシア・東欧に侵攻。キエフを破壊し、ポーランドのリーグニッツの戦い、ハンガリーのモヒの戦いで欧州軍を撃破。オゴデイ・カアンの死により撤退し、キプチャク・ハン国を建設。
歴史的背景
オゴデイ・カアンの命でチンギス・カンの長子ジョチの遺児バトゥが西征を指揮。スブタイが軍事顧問として参加。ロシア諸侯は分裂して個別に撃破された。
地形・地理的特徴
モンゴル軍はステップ地帯を西進し、ロシアの森林地帯を冬季に凍結した河川上を移動して攻略。ポーランド・ハンガリーの平原は騎兵の戦場に適していた。
歴史的重要性
ロシアの「タタールのくびき」(約240年間のモンゴル支配)の起源。ヨーロッパにモンゴルの恐怖を植え付け、以後の東西関係に大きな影響。キプチャク・ハン国はロシア史を規定。
参考文献
- 『集史』ラシード
- ロシア年代記