概要
後鳥羽上皇が幕府打倒を企て挙兵したが、北条義時率いる幕府軍19万に圧倒され敗北。後鳥羽上皇は隠岐に配流、順徳上皇は佐渡に配流された。朝廷の監視のため六波羅探題が京都に設置された。
歴史的背景
源実朝暗殺後、将軍不在の幕府に対し後鳥羽上皇が政権奪回を図った。北条政子の「頼朝公の御恩を忘れるな」の演説が御家人を結束させた。
地形・地理的特徴
後鳥羽上皇は京都から挙兵し、幕府軍は東海道・東山道・北陸道の三方から京都に進軍。美濃・尾張の木曽川・長良川・揖斐川の渡河戦が最大の激戦地となった。
歴史的重要性
武家が朝廷に完勝した画期的事件。以後、幕府の朝廷に対する優位が確定。上皇の配流は前代未聞であり、武家政権の強さを天下に示した。
参考文献
- 『吾妻鏡』
- 『承久記』