概要

ゴール朝のムハンマドがラージプート連合軍の指導者プリトヴィーラージ3世を決定的に撃破した戦い。前年の第一次タラインの戦いではラージプートが勝利したが、ムハンマドは軍を再編し、騎兵の機動戦術で反撃に成功。プリトヴィーラージは捕虜となり処刑された。

歴史的背景

1191年の第一次タラインの戦いでムハンマドは大敗を喫したが、チュルク系遊牧民の軍事伝統に基づく速やかな軍再建を行った。ラージプート側は勝利に慢心し、連合の結束が緩んでいた。

地形・地理的特徴

タラーイン(現在のカルナール近郊)はデリー北方の平原地帯。開けた平原は騎兵戦に適しており、ゴール朝の中央アジア式騎兵がラージプートの重装騎兵を機動力で圧倒できる地形であった。

歴史的重要性

北インドにおけるイスラム支配確立の決定的転換点。この勝利によりゴール朝の将軍クトゥブッディーン・アイバクがデリーを占領し、奴隷王朝(デリー・スルタン朝)の基礎を築いた。以後約600年間、北インドはイスラム王朝の支配下に置かれた。

参考文献

  • Peter Jackson, The Delhi Sultanate, 1999
  • Cynthia Talbot, The Last Hindu Emperor, 2015