概要
源頼朝が28万の大軍を率いて奥州藤原氏を攻撃。藤原泰衡は源義経を殺害して頼朝に服従しようとしたが認められず、敗走中に家臣に殺された。約100年にわたる奥州藤原氏の繁栄は終焉し、東北は幕府の支配下に入った。
歴史的背景
源義経が兄頼朝と対立し、奥州藤原秀衡のもとに逃れた。秀衡の死後、泰衡は頼朝の圧力に屈して義経を殺害したが、頼朝は奥州征伐の口実とした。
地形・地理的特徴
平泉は北上川と衣川の合流点に位置する奥州藤原氏の本拠。約100年にわたり独自の文化圏を築いていたが、頼朝の大軍の前に防衛は困難であった。
歴史的重要性
頼朝の全国支配の確立。平泉の仏教文化は破壊されたが、中尊寺金色堂は焼失を免れた。松尾芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」はこの地を詠んだもの。
参考文献
- 『吾妻鏡』