概要

ノートルダム大聖堂付属学校から発展し、12世紀後半に大学(ウニウェルシタス=教師と学生の組合)として組織化された。神学部が最も権威があり、トマス・アクィナス、ボナヴェントゥラ、アルベルトゥス・マグヌスらが教鞭を執った。1215年に教皇インノケンティウス3世が正式に認可。

歴史的背景

12世紀ルネサンスと呼ばれる知的復興の中で、アラビア語経由でアリストテレスの著作が再発見され、その研究のために高度な教育機関の需要が高まった。ピエール・アベラールの弁証法的教授法が多くの学生を引きつけた。

地形・地理的特徴

セーヌ川左岸のラテン区に形成されたパリ大学は、ノートルダム大聖堂付属学校を母体とする。左岸の丘陵地帯(サント・ジュヌヴィエーヴの丘)に教師と学生が集住し、ラテン語が日常語であったことから「カルティエ・ラタン(ラテン語地区)」と呼ばれた。

歴史的重要性

ヨーロッパの大学制度の原型の一つ(ボローニャと並ぶ)。スコラ哲学の中心地として、信仰と理性の調和を追求する知的伝統を確立。学位制度、学部制度、講義・討論形式などは現代の大学教育に受け継がれている。

参考文献

  • ジャック・ヴェルジェ『中世の大学』
  • ヘイスティングズ・ラシュドール『ヨーロッパの大学』