概要
教皇ウルバヌス2世のクレルモン公会議(1095年)での呼びかけに応じ、西ヨーロッパの騎士・諸侯が聖地奪回に向かった。ゴドフロワ・ド・ブイヨン、ボエモン、レーモンらが率いる十字軍はニカイア、アンティオキアを攻略後、1099年7月15日にエルサレムを占領。城内のイスラム教徒とユダヤ教徒を大量虐殺した。
歴史的背景
セルジューク朝の拡大によりビザンツ帝国が圧迫され、皇帝アレクシオス1世が西方に救援を要請。教皇ウルバヌス2世は聖地巡礼路の安全確保と東西教会の統一を目指して十字軍を呼びかけた。「デウス・ウルト(神がそれを望まれる)」が合言葉となった。
地形・地理的特徴
エルサレムはユダエアの丘陵地帯に位置し、標高約760mの台地上にある。三方を谷(ヒンノム、キドロン、ティロポイオン)に囲まれた天然の要塞で、城壁の防御が必要なのは北側のみ。乾燥気候と水源の乏しさが包囲軍にとって大きな障害となった。
歴史的重要性
エルサレム王国をはじめとする十字軍国家が成立し、東西文明の接触が飛躍的に拡大。イスラム世界の科学・技術・文化がヨーロッパに流入。一方でイスラム世界とキリスト教世界の対立が深刻化し、その記憶は今日まで影響を及ぼしている。
参考文献
- 匿名『フランク人の事績』
- トマス・アスブリッジ『十字軍』