概要
清原氏の内紛に源義家が介入した戦い。清原家衡・武衡と清原清衡(後の藤原清衡)の対立を義家が調停・武力介入。金沢柵を攻略して家衡を滅ぼした。清衡は奥州藤原氏の祖として平泉文化を築く。
歴史的背景
前九年合戦後、清原氏が奥羽を支配したが、一族間の所領争いが発生。源義家は私戦として介入し、朝廷からの恩賞は得られなかったが、東国武士からの信望を高めた。
地形・地理的特徴
出羽国仙北郡(秋田県横手市付近)。金沢柵(かねざわのさく)が最終決戦の地。冬の厳しい気候の中での攻城戦が展開された。
歴史的重要性
奥州藤原氏誕生の契機。源義家の私費による恩賞支給は、武士の主従関係の強化に寄与。鎌倉幕府の御恩と奉公の原型とも見なされる。
参考文献
- 『奥州後三年記』