概要
トゥグリル・ベグ率いるセルジューク朝がバグダッドに入城し、アッバース朝カリフからスルタンの称号を受けた。シーア派ブワイフ朝を追放してスンナ派の正統性を回復した。セルジューク朝はアナトリアにも進出し、マンジケルトの戦い(1071年)でビザンツ帝国を破り、トルコ人のアナトリア定住の端緒を開いた。
歴史的背景
10世紀以降アッバース朝カリフは名目的存在となり、実権はブワイフ朝(シーア派)が握っていた。中央アジアからのテュルク系軍事集団の西進がイスラム世界の政治地図を一変させた。
地形・地理的特徴
セルジューク朝はイラン高原から西進し、ザグロス山脈を越えてメソポタミアに進出した。中央アジアのステップ出身のテュルク系遊牧民が定住文明圏を征服する典型的パターンであった。
歴史的重要性
セルジューク朝はスンナ派イスラムの復興を推進し、マドラサ(学院)制度を整備した。マンジケルトの勝利はビザンツ帝国の衰退と十字軍の遠因となり、アナトリアのトルコ化の出発点であった。
参考文献
- The Seljuqs (A.C.S. Peacock)
- Cambridge History of Turkey Vol.1