概要
藤原道長が三女・威子の立后の日に「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」と詠んだ。3人の娘を天皇の后にし、外祖父として絶大な権力を握った摂関政治の絶頂を象徴する一首。
歴史的背景
道長は兄2人の早世と政治的手腕により藤原氏の氏長者となり、娘の彰子を一条天皇の中宮に、妍子を三条天皇の中宮に、威子を後一条天皇の中宮にそれぞれ入内させた。
地形・地理的特徴
平安京の内裏・藤原道長の邸宅(土御門殿)。摂関家の邸宅は天皇の里内裏として使用され、実質的な政治の中心地であった。
歴史的重要性
摂関政治の最盛期を象徴する出来事。天皇の外祖父として政治を左右する藤原氏の権力構造は、日本の政治史における独特のシステムとして世界史的にも注目される。
参考文献
- 藤原実資『小右記』