概要
契丹(遼)の聖宗が20万の大軍で南侵。宋の真宗が澶州に親征し、遼軍の先鋒指揮官・蕭撻凛が戦死したことで戦況が膠着。両国は兄弟関係を結び、宋が遼に毎年銀10万両・絹20万匹を送る条件で和平。
歴史的背景
遼は燕雲十六州を拠点に度々華北に侵攻していた。宋は軍事的劣勢を経済力で補う方針を採り、「歳幣」による和平を選択。宰相・寇準は徹底抗戦を主張した。
地形・地理的特徴
澶州(現濮陽)は黄河南岸に位置し、契丹軍の南下路上の要衝。宋の真宗は寇準の説得で親征を決意し、皇帝自らの出陣が宋軍の士気を高めた。
歴史的重要性
宋遼間に約120年の平和をもたらした画期的和約。軍事力ではなく経済力で平和を購入する外交モデルは、宋の財政に負担だったが戦費よりは安価だった。東アジア国際秩序の転換点。
参考文献
- 『宋史』真宗紀
- 『続資治通鑑長編』