概要

キエフ大公ウラジーミル1世がビザンツ正教を国教として採用し、ドニエプル川でキエフ市民の集団洗礼を行った。ビザンツ皇帝バシレイオス2世の妹アンナとの結婚が改宗の条件の一つとされる。異教の偶像は破壊され、教会建設が進められた。

歴史的背景

ウラジーミルは当初多神教のスラヴ信仰を強化しようとしたが、外交・文化的観点からキリスト教改宗を選択。『原初年代記』によれば、イスラム教(飲酒禁止を嫌った)、ユダヤ教、カトリック、正教を比較検討し、ハギア・ソフィアの荘厳さに感銘を受けた使節の報告で正教を選んだとされる。

地形・地理的特徴

ドニエプル川西岸の丘陵上に位置するキエフは、スカンジナビアとコンスタンティノープルを結ぶ「ヴァリャーグからギリシャへの道」の要衝。ドニエプル川は交易と文化伝播の動脈であり、ビザンツ帝国との接触を容易にした。

歴史的重要性

東スラヴ世界のキリスト教化の画期であり、ロシア・ウクライナ・ベラルーシの文化的アイデンティティの基盤を形成。キリル文字の普及、ビザンツ美術・建築の導入をもたらし、「聖なるルーシ」の観念の起点となった。

参考文献

  • 『原初年代記(ポーヴェスチ・ヴレメンヌィフ・レート)』
  • サイモン・フランクリン『ルーシの出現』