概要
カロリング朝最後の王ルイ5世の死後、パリ伯兼フランス公ユーグ・カペーが諸侯の選挙により西フランク王に即位し、カペー朝が成立した。当初の王権は極めて弱く、直轄領はパリ周辺のイル・ド・フランスに限られていた。ユーグは息子ロベール2世を共同統治者として即位させ、世襲化を図った。
歴史的背景
西フランクではカロリング家とロベール家(カペー家の先祖)が交互に王位を争っていた。987年にカロリング家の男系が断絶し、ランスの大司教アダルベロンの支持を得たユーグが選出された。
地形・地理的特徴
パリはセーヌ川の中州であるシテ島を核として発展した都市。カペー家の権力基盤はイル・ド・フランス(パリ周辺の限られた王領地)に限定されていたが、パリという交通の要衝を掌握していたことが王朝の存続を可能にした。
歴史的重要性
カペー朝は直系だけで1328年まで341年間続き、分家のヴァロワ朝・ブルボン朝を含めると800年以上フランス王位を維持した。微弱な王権から出発して中央集権化を推進し、フランスを中世ヨーロッパ最強の王国に成長させた。
参考文献
- リシェ『カペー朝フランス987-1328年』
- エリザベス・ハラム『カペー朝フランス』