概要

空也(903-972)は市中で踊り念仏を広め「市聖」と呼ばれた。阿弥陀仏の名号を唱えれば極楽往生できるという教えを、貴族だけでなく庶民にも広めた先駆者。951年に京都に西光寺(のちの六波羅蜜寺)を建立。口から6体の阿弥陀仏が出る空也上人像(六波羅蜜寺蔵)は鎌倉彫刻の傑作として知られる。

歴史的背景

平安中期は末法思想が広まり始めた時代。貴族社会では浄土への憧憬が強まっていたが、空也は貴族の枠を超えて庶民への布教を行った。道路や橋の修築、井戸掘りなど社会事業も行い、宗教者の社会的役割を示した。

地形・地理的特徴

京都の市中で空也は念仏を広めた。六波羅蜜寺(当時は西光寺)は鴨川東岸の庶民の居住区に位置し、貴族の寺院が多い京都において庶民に近い場所での布教であった。

歴史的重要性

のちの法然・親鸞らによる鎌倉浄土教の先駆者として位置づけられる。貴族仏教から庶民仏教への転換の嚆矢であり、念仏思想の大衆化に貢献した。六波羅蜜寺の空也像は日本彫刻史の代表作。

参考文献

  • 『空也誄』慶滋保胤
  • 『日本往生極楽記』