概要
契丹族の耶律阿保機が諸部族を統一し遼を建国。南面官(漢人統治用)と北面官(契丹人統治用)の二元統治体制を確立。契丹文字を創製し、独自の文化を発展させた。
歴史的背景
唐の滅亡による東アジアの権力真空の中で、契丹は急速に勢力を拡大。渤海を滅ぼし、五代の混乱に乗じて燕雲十六州を獲得して華北にも進出した。
地形・地理的特徴
契丹は内モンゴル東部のシラ・ムレン河流域を本拠地とし、遊牧と農耕の接点地帯を支配した。上京臨潢府は草原に建設された都城で、遊牧的要素と都城的要素を併せ持った。
歴史的重要性
遊牧民族による初の本格的二元統治体制を確立。この統治モデルは金・元・清に継承された。「契丹」の名はロシア語のキタイ(中国の意)として今日も残る。
参考文献
- 『遼史』太祖紀
- 『資治通鑑』