概要
カール大帝の孫3人がフランク王国を三分割した条約。長男ロタール1世が中部フランク(イタリア・ブルゴーニュ・ロタリンギア)と皇帝位を、ルートヴィヒ2世が東フランク(後のドイツ)を、シャルル禿頭王が西フランク(後のフランス)を継承した。
歴史的背景
カール大帝の子ルートヴィヒ敬虔帝は帝国の統一を維持しようとしたが、息子たちの間で相続争いが発生。フォントノワの戦い(841年)で長男ロタールが敗れ、ストラスブールの誓い(842年)でルートヴィヒとシャルルが同盟。交渉の結果、三分割が合意された。
地形・地理的特徴
ヴェルダンはムーズ川沿いのロレーヌ地方に位置し、東西フランク王国の境界付近にあった。この条約で引かれた境界線は、フランスとドイツの国境の原型となり、以後1000年以上にわたるヨーロッパの地政学的対立の源泉となった。
歴史的重要性
フランスとドイツの原型となる政治的境界の確立。中部フランク王国は速やかに分裂し、アルザス・ロレーヌをめぐる独仏の千年にわたる争いの起点となった。カロリング帝国の解体はヨーロッパの多元的国家体系の出発点。
参考文献
- ニタルト『歴史』
- ジュヌヴィエーヴ・ビュレール『カロリング朝』