概要

イラン系のサーマーン朝はブハラを首都に中央アジアとイラン東部を支配。アッバース朝の宗主権を認めつつ事実上独立。ペルシア語文学の復興を主導し、詩人ルーダキーが「ペルシア詩の父」として活躍。医学者イブン・シーナー(アヴィケンナ)もこの文化圏から輩出された。

歴史的背景

アラブのイスラム征服後、中央アジアのイラン系住民はアラビア語が公用語となる中でペルシア語の文化的伝統を維持。サーマーン朝はペルシア語を宮廷語として採用し、ペルシア文学の黄金時代を開いた。

地形・地理的特徴

ブハラとサマルカンドを中心とするマー・ワラー・アンナフル(河の彼方の地)の肥沃なオアシス地帯。灌漑農業と交易による富が文化的繁栄を支えた。

歴史的重要性

イスラム化後のペルシア文化の復興を象徴する王朝。新ペルシア語文学の基盤を確立し、後のフィルドゥスィーの『シャー・ナーメ』につながった。イブン・シーナーの『医学典範』はヨーロッパの大学で17世紀まで教科書として使用された。

参考文献

  • Richard Frye, Bukhara: The Medieval Achievement, 1965
  • C.E. Bosworth, The Ghaznavids, 1963