概要
9世紀にマヤ低地の主要都市が相次いで衰退・放棄された現象。ティカル、パレンケ、コパン、カラクムルなどの大都市で碑文の建立が途絶え、建設活動が停止した。人口が劇的に減少し、政治的秩序が崩壊した。ただしマヤ文明が消滅したわけではなく、北部ユカタンや高地では存続した。
歴史的背景
原因については複合的要因が指摘される。干ばつの長期化(古気候データにより確認)、過度の森林伐採による環境破壊、人口過剰、都市国家間の戦争激化、交易ルートの変化、社会の内部矛盾の蓄積などが複合的に作用したとされる。単一原因論は現在では否定されている。
地形・地理的特徴
グアテマラ・ベリーズ・メキシコ南部のマヤ低地全域。石灰岩台地の熱帯雨林地帯で、薄い表土と季節的干ばつに脆弱な環境。河川が少なく水源の確保が課題であった。8-9世紀に記録された大干ばつが生態系に深刻な影響を与えた。
歴史的重要性
文明崩壊の研究における最重要事例の一つで、環境破壊と社会崩壊の関係を考える上での教訓とされる。ジャレド・ダイアモンドの『文明崩壊』でも主要な事例として取り上げられた。気候変動と社会の脆弱性の関係を考える上で現代的意義を持つ。
参考文献
- Demarest, Ancient Maya: The Rise and Fall
- Diamond, Collapse