概要

フランク王国の宮宰カール・マルテルが、アブドゥル・ラフマン・アル・ガーフィキー率いるウマイヤ朝の遠征軍を撃退した決定的会戦。フランク重装歩兵の密集陣形がイスラム騎兵の突撃を跳ね返し、アブドゥル・ラフマンが戦死してイスラム軍は撤退した。

歴史的背景

711年にイベリア半島を征服したイスラム勢力は、ピレネーを越えてガリア南部に侵入。アキテーヌ公エウドが敗北し、カール・マルテルに救援を要請した。マルテルは全フランク王国の兵力を結集してイスラム軍の北進を阻止した。

地形・地理的特徴

ロワール川とクラン川の間の丘陵地帯。トゥールとポワティエを結ぶローマ街道沿いの森林に覆われた高台で、フランク軍は歩兵の密集陣形を組んだ。樹木と丘陵がイスラム騎兵の突撃を妨げる地形条件がカール・マルテルに有利に作用した。

歴史的重要性

イスラムのヨーロッパ進出を阻止した戦いとして西洋史で重視される。カール・マルテル(鉄槌)の名声を確立し、カロリング家の台頭をもたらした。ただし、イスラム側の史料ではこれを一地方的敗北と見なす見方もある。

参考文献

  • 『フレデガリウス年代記続編』
  • ヒュー・ケネディ『イスラムの大征服』